涙と愛と憎しみの味がする芳醇な短編集
恋を味わう短編集
私、言葉は発明品で文章は化学反応式だと思っているのですけど、恋を「甘酸っぱい」と初めて表現した先人って天才じゃないですか?
恋は口に入れない。味がしない。
なんなら食べ物が喉を通らない。
目で、耳で、少し近づけば鼻と肌で、相手を感じることはできる。
それなのに、一番相手を感じることのできない味覚で、恋心を宿す様を表す。
甘い、苦い、酸っぱい、渋い。
胸焼けする、優しくとろける。
口どけた後、この味はもう味わえないような気持ちになる。
そんな幾多の複雑な味を味わえるアルバム、アカシック「凛々フルーツ」。
フルーツパフェを食べているときの、次は何が出てくるかわからないときめき。
酸味も甘味もひっくるめた味の連鎖は、「私」という女の生き様、結婚への執着、年に似つかわしくなってきた初心な恋心のよう。
初のフルアルバムになったことで、留まることなく拡大していくアカシックの世界が爽快!堪りません。
まるで次々とページをめくりたくなる短編小説のような高揚を、ぜひ味わってください。
M1 「結婚」
苦虫を嚙み潰したような楽器の音を携えて始まる、重量のある曲M1「結婚」。
「君の朗報に乾杯を 流し台に全て捨てる」
題名と冒頭2行の歌詞だけで全てを察することのできるドラマ性。
理姫さん本当にこの歌詞を題材に小説書いてくださいまたそれも布教ブログ書きます。
ちなみにこのアルバム、今まで以上に「冒頭で聴衆を致死させる」能力の高い曲が凝縮しています。
なので聴く前に、ぜひとも自由自在に輪廻転生できるようにしておいてください。
感情は生々しいのに、「罪悪色の朝陽」「午前三時の消灯」など酩酊しそうな語彙のお洒落さも憎い。惚れる。もう惚れている。
「罪悪色の朝陽」ってカクテル売りだしたい。
それバーカウンターであちらのお客様から奢られたら射抜かれる。
感性を研ぎ澄ませて進化したな!と感心していたら、奥脇氏のライナーノーツによるとこの曲はアカシック結成後すぐにできた古株曲だそうです。
恐ろしい。隠したナイフ一体いくつ持っているのでしょうこの人たち。
「君が選ばない全ての ねぇ、何が嫌?」
目の前5cmの距離で睨まれるような愛と憎しみ。
ハートのイヤリングも赤いセーターもコンビニ袋も全部流し台にぶち込むほどの後悔。
深度の強い世界が幕を開け、あなたの心臓を貫くのです。
M2 「8ミリフィルム」
今やアカシックの看板となった、5年の活動の重みを背負うスーパーキラーチューン、M2 「8ミリフィルム」
ちょっと有名にはなったけれど、YouTubeでこの曲を聴いたことのある不特定多数の日本人を正座させて言いたいことがある。
この曲の奥深さを。執念の強さを。ボタンを掛け違えた健気さのような痛みを。
まず、「国道飛ばさないでいてね それだけは忘れないでね」という冒頭。
よく考えてみてください。
大好きなのに、もう一緒にはいられない人。
あなたなら、その人になんて言葉をかけますか?
要するに、冒頭は「元気でね」を理姫さんの言葉で翻訳した結果なのです。
何が怖いかって?
別れる相手の死因になるであろう行為を予言できることですよ。そしてそれを「それだけは」と断言できることですよ。
このフレーズだけで、またしても小説が始まってしまう。
今までの想い出の数、わかりきった相手の嫌なところ、できる限りお節介は言いたくないけど生きていてほしいという、人としての存在を貴ぶ心。
殺傷能力高いフレーズで編み物をしたような歌詞、それが「8ミリフィルム」なのです。
その連鎖の果てに「君の才能が欲しかった 超好きだったのにな」という歌詞が止めをさす、キラーチューンになるべくして生まれた曲。
バタフライエフェクト!!(と奥脇氏がこの曲のライナーノーツで仕切りに叫んでいるので真似してみました実はよくわかっていません)
私個人は、皆が騒ぐ「才能が欲しかった」のくだりよりも「映画見るわ」の一言で泣きます。
なんでこんなに大好きだったのに、映画で泣いちゃったって言い訳しなきゃ泣けないの…?意地はりすぎてない…?
大人になって麻疹になると大変なように、大人になって初心になると拗らせてしまうようです。心当たりありまくる。
あとはもう、聴け!こんなブログ読まずに今すぐ聴け!と言いたくなるくらいメロディーとギターソロとキーボードソロが良い。
絶頂しそうな瞬間が続きすぎて息できない。
JPOPの神はこの曲に確かに宿っている。
それを全部つなぎとめるベースとドラムもセンスの塊。
ドラムの音が最初ひしゃげてるのも、ひねくれた恋の終わらせ方に似合うので大好きです。
ちなみに初期「コンサバティブ」から聞き直すと、「ステレオタイプな未来」が想像できない女性像を鮮明に脳内に描くことができます。結婚と生き様の間で苦しむ、抉られたような感情を携えてぜひ何度も聴いてください。
M3 「サンディバージンディアボーイ」
アカシックはポップである。そう名乗ることを容易く可能にするM3 「サンディバージンディアボーイ」。
私も前にちらりと書いたし、奥脇氏もライナーノーツに書いているけれど「空のブルーは永久ブルーで 不審なチャンスは薔薇の色」があまりにキャッチーで清楚でミステリアスで大好き。
このフレーズが核になる、危うい恋の歌です。
この曲の価値は、「サンディバージン」という造語の素晴らしさから伝わります。
「次の日曜日」には少女に生まれ変われるような恋の始まりと深まり。
その純真さが、「ユニバースいち 愛してる」という本気を生み出します。
初々しい2人の日々に浮足立っていながらも、この恋愛は「贅沢な運命」、つまり自分にはもったいないほどの恋だと何となく気づいている。だからこそ、結末が来るのが怖い。
あなたに捧げる愛の真摯さが、ポップさにくるまれて可愛く歌われています。
M4 「今日から夜は家にいるよ」
「幸せじゃないから死ねない」同様、題名に映画化できる起承転結を既に含んだM4 「今日から夜は家にいるよ」。
自分を優先してきた女性が、それでも相手と過ごす未来を望んで、不器用な愛を抱え込む様が伝わる曲です。
「前髪がよれちゃったり」「野菜中心の何か」など生活の温度がじんわりとしながらも、「あなたのせいで 幸せで狂っていて」と射るような志が垣間見える、ギャルと文学のハイブリッドを作り続けたアカシックらしさがここにもあります。
相手の話、適当に聞き流して返事しちゃうところなんかリアルすぎて監視カメラ。
シンプルな歌詞に隠された奥行を堪能してほしいです。
どうでもいいけどMVの中村倫也さん、卵を手で割っちゃダメです(笑)普通にイケメン料理男子です(笑)アカシックの曲に出てくる男には、たとえMVでも出来れば卵の殻をボロッボロに落としてほしかった。あとボウルとかキチンと使われている痕跡があって「普段誰か料理してるし夜にも家にいるでしょ絶対」感が残念。カップ麺の器くらい置いてて良かったよ…。そしてハンバーグ超食べたい。
M5 「ヨコハマカモメ」
M5 「ヨコハマカモメ」では、アカシックの得意技である毒々しさのある可愛らしさが総攻撃をしかけてきます。はい、すぐやられます。
どうでもいいけど私が人生で聴いてきた中で最も好きなピックスクラッチ部門、第1位。曲に合いすぎ。
「そしてつまらない話が好きよ
平穏な日々のために」
痺れる。私の頭が避雷針になって全ての電撃が集まってくる。
日常のやるせなさと、それに納得していない本心。冷たい目で世界を見つめながら、疼いている何種類もの感情。やはり「怠惰」を書かせたら理姫さんはお強いです。
私的、このアルバムお気に入りフレーズ最優秀賞
「小さい頃の写真で着てた
お花畑みたいな頭に
小説でしか見かけない気持ちで
ピースしてた」
絶句。擦れていないあの頃に帰りたいけど帰れない嫉妬とか後悔とか悲壮感をどうしてここまで美しく浮き彫りにできるのか。さすがです。
M6 「飴と日傘」
ご本人たちも、「夜型から朝型になった」と評価していたこのアルバム。M3とこのM6 「飴と日傘」で、私は特にそれを感じます。
日常と自分の均衡を保つことが、ほんのちょっとだけ上手になったような、どこか大人の恋と景色が広がります。
時に秘め事のような妖しさのある過去を掠らせながら、「ときめき」という素朴で幸福な感情に喜ぶ姿が微笑ましいです。
その中でふとよぎる、「悲しい時も なんとかやってきたんだから」という覚悟。癖のあるポップでセクシーな演奏もぐっときます。
M7 「ギャングスタ」
可愛い。ひたすらに可愛い。どちらかといえば犬派だけどこの曲聴くときは猫派になる。
猫の孤高で気まぐれな姿を甘く歌い上げるM7 「ギャングスタ」。
Hachi作であることも関係してか、コスメの新色出たときのような、新鮮な驚きです。
なんとも妖艶な遊び心。
俳句とか短歌とか、あるいはキャッチコピーなんかがわかりやすいと思うんですけど、短い文章の中に想いを詰め込むのって果てしなく難しいんですよね。
下書き、推敲、取捨選択、他者との比較、心を鷲掴みにされるかどうか。考えなきゃいけないことが多すぎる。
そんな高度な行為の中で選ばれた、とっておきフレーズたちが愛おしい曲です。
「心は急に老いるから
考えずに食べるわ」
M8 「うたかたの日々」
再びHachi作の新色、M8 「うたかたの日々」。大人になって初めて食べた異国のフルーツのような存在。
うなだれるような鍵盤が、憂鬱な孤独の色を描きます。理姫さんの歌詞との相性がえげつない。
終わりも行き場もない感情を描くこと、抑揚もつけられないほど低迷した心を見透かすこと、どちらも相当に難しくて、歌詞も曲もしくじったら台無しになる気がしますがこの曲は見事にその世界を完成させています。
「少し嘘があるわ
何も嘘じゃ無いけど」
さて、このセリフを大物女優に言わせる名作映画は、どこに行ったら見れますか。
M9 「ロリータ」
M8と共鳴はしているけれども、開始早々「奥脇氏にバトンタッチしたな」と理解できる定番カラーコスメ的な曲、M9「ロリータ」。
「コンサバ」「プリチー」から引き継ぐ伝統芸がやってまいりました。
もう、図書館の文学小説の棚に私は顔を突っ込んでいるのでしょうかと錯覚するほどのフレーズの目白押し。
「礼儀みたいなハンカチの折り目」
「資本的夕暮れ」
「花嫁になりたくて
失ってきた芸術」
もう、言葉だけ羅列しても、この毒を飲んで私は棺に入りたいってレベル。
これらのフレーズを繋ぐ文脈になる感情は、はぐらかされたようにどこか曖昧。
だけど、「懸命な赤」を臨む姿勢、それに伴う苦悩、それは理姫さんがいつも伝えてくれる、正直な生き様と恋。
色気ある演奏をバックに、ロマンティックに倒れましょう。
M10 「華金」
そうです、あのJPOP大好物でありアカシックの得意技「明るいのに切ない」です。M10 「華金」です。キャッチ―とセンチメンタルのバランスの良さはM2と良い勝負です、実は。
夜ってなんであんなに人をダメにしてしまうんでしょう。
お酒と一緒で、もともとダメな私だったことが暴かれるだけなんでしょうか。
朝になれば全部わかるのに。虚しい愛だったって。
それでも、刹那的な欲望に溺れたい。
引き留める私より、足を進めてしまう私が勝つ。
「ゆめかわ」チックなパリパリナイトの夢を表しながらも、酒と香水と煙草の匂いが一度に漂うあの「夜」感がせめぎ合ってくる。
引き裂かれそうな悲しさは、せめて歌で明るくしてあげないと歌えない。そんな曲じゃないかなと私は勝手に思ってます。
ライブで聴くと楽しくて頭空っぽになるので、ぜひヘッドホンでゆっくり聴いてみてください。目の下にハンカチ貼り付けながら。
M11 「馬鹿なハスキーエイジ」
全曲ライブ以外では聴けることすら希少価値。M11 「馬鹿なハスキーエイジ」(私はまだナマで聴けていませんお願いです聴かせてください)
歌詞の全てが美しい。幻想的で優雅。
それでいて、やはり「朝になるのを カラスと気づいている」などアカシックらしいエッセンスを加えることも忘れない、憎い存在。
空を見上げるような、漠然とした前向きさ。
悲しいこともきっとたくさんあったし、おそらくこの曲の男女も上手くいかなかったんじゃないかと思えるけど、そんな2人を「馬鹿」と笑えるような心の余裕がちょっとだけある。
恋が終わったら、仕切り直しに旅に出ようか。そんなときに連れていきたい曲です。
M12 「恋は媚薬だなんて冷めるわ」
短編小説がクライマックスに近づいたにもかかわらず、まだ涙と血と汗を搾り取ろうとしてきます。そんなセンチメンタルの塊、M12 「恋は媚薬だなんて冷めるわ」。
M9「ロリータ」に続いて歌詞がロマンティックの宝石箱。
「映画はノワール
慣れ親しんだあたしの心だ」
ってどうやったらその等式思いつくんですか?キレッキレのセンス。
「冷たい床に 頬をあて
繰り返し思い出して 恥じるわ」
この言葉から想定される、絶望に耐え続ける日々。
あなたがいなくて退屈で堪らない日々。
それなのに、心に残る純粋さが恋に対する本気度を示します。
「神様 会いたいいますぐに
熱あがってるの グッときているの」
まだ未練と呼ぶこともできない、燃える愛。まだ相手を憎いと感じることもできず、持て余している熱。
神様に願うしかないような、やり場のない健気さが胸を刺します。
M13 「夢遊」
とんでもない結末でこのアルバムは終わろうとしています。M13 「夢遊」。
サビで対句される
「嫌だ 好きにならないで」
「嫌だ 嫌いにならないで」
の交差が、愛に狂う姿そのものです。ここの理姫さんの絞り出すような歌い方もピカイチ。
「容易い事のように
知らず寝息が欲しい」
つまるところ全ての恋愛は、この願望によって突き動かされているのではないかとさえ感じます。
それを端的に表すことのできる技術。やはりアカシック、売れなきゃおかしい。
歌詞の中で一貫して相手を「あの野郎」と呼ぶところに、恋心はそう単純じゃないことが窺えます。「好き」って一色じゃないですもんね。憎たらしさも、まるごと愛。
「悪い事 ひとつしかわからない」
「最終的絶叫にならないように
あたし遠くにいるしかない
嫌なことしかない」
これがおそらく、この曲の答え。
離れるしかない。
離れれば、「あの野郎」の望み通り。
私にできる唯一のこと。
一番悲しいこと。
呪いかと思うほど真っすぐな愛情の報われない結末を感じながら、意識失いそうになりながら、ひたすら終わらないアウトロに酔いしれましょう。
いつまでも衰えない、瑞々しい愛の歌
アカシックの描く世界観は、いつだって「今」の歌なのです。
若返りを期待したりしない、ひねくれたり逆に素直になったり大人になった女性が「今」見ている景色、感じている思い。
それでも、心はいつまでも老化しない。愛の尊さ、繊細さ、虚しさ、嫌悪感、それを乗り越えた幸福感、すべて享受して、すべてを歌詞にしてくれる。
偽りのない「今」の歌、それがアカシックの歌です。
古びてしまわない感性を、言語の連鎖を、愛を描きつくす態度を、ぜひとも社会に味わってほしい。
こんなに良いバンドがいたなんて、と辛酸をなめるような気持ちで後悔してほしい。
私の平成最後のお願いは、「アカシックを知ってくれ」です。
原点から「凛々フルーツ」までを通して聴くことで味わえる深み。
所々に滲む毒っぽさがたまらない人に。
ポップさ、清らかさ、優しさ。彩り豊富なパレットに目移りしそうです。
※M7、M8についてのお断り
かつてのキーボード、Hachi。
綺麗な長髪にやんちゃな笑顔のイカシタ姉ちゃん。
「ギャングスタ」「うたかたの日々」、2曲の作曲者。
どのように書くか悩みました。そして書いた後である今も悩んでいます。
いなくなった理由のわからない好きな人。
彼女のことを書くことは、美しい思い出なのか。未来の足枷なのか。
それでも、彼女が作った曲への想い、この2曲を含めた全曲ライブをしようと意気込むアカシックの覚悟は揺るがない本物だと信じました。
私なりの拙い言葉で書いたものだと受け止めていただければ幸いです。
月野にこ